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ももえ掲示板 過去ログ 1999年6月(全38投稿)


被写体 投稿者:ひろ  投稿日:06月30日(水)08時22分21秒

三浦友和氏が百恵夫人との出会いから今日までを綴ったエッセイを出版されるそうです。
(7/15 マガジンハウス 1,400円)
7/10 クロワッサン誌にて友和氏ロングインタビュー掲載
詳しくは本日の日刊スポーツにて。

青空 投稿者:Riff  投稿日:06月29日(火)03時47分17秒

多分、スタ誕の「涙の卒業式」でも“空はこんなに青い”を歌ってて、その時のテロップに
“青空”って出たんです。「お〜い違うぞ〜」っとテレビに向かってつっこんでました。
この曲は、初期の“曼珠沙華”だ、と思っています。
“横須賀ストーリー”がヒットした年の暮れのコンサートではこの曲はエンディングでした。
歌い方も、最後の“あおい〜〜〜〜〜”のビブラートを聴かせて、声量たっぷりで、
「百恵ちゃんって歌うまいのねー」っとアイドル百恵を見に来た人たちを感心させてました。
レコードはワザをつかってごまかしてる感がありますが、レコーディングの時期以降に
歌唱力がついて、歌い直したいという気持ちがあったんではないでしょうか。
そういえば「百恵ちゃん祭り」でも歌ってましたね。

空はこんなに青い 投稿者:papa  投稿日:06月28日(月)17時38分40秒

75年に発売されたアルバム「ささやかな欲望」の中に「空はこんなに青い」と
いう曲が入っています。そして「山口百恵リサイタル」でも歌われています。
横須賀ストーリー以降の曲で構成されたリサイタルに、なぜこの曲が含まれてい
るのか、そんなことは考えたこともありませんでした。かつさんの書き込みをき
っかけにして、もう一度リサイタルを聴き直し、そしてささやかな欲望の収録も
合わせて聴き比べてみました。
歌は人生と言う言葉があります。昔、スター誕生で審査員が「まだ若い、もっと
もっと経験を積んで、この歌詞の意味が理解できるようになったら、もう一度歌
ってごらんなさい。」などともっともらしく批評する審査員に、だったら離婚し
なきゃ離婚した歌を歌えないのか」って、TVに向かって、のたまっていました。
リサイタルの初日、百恵さんは「自分の世界を歌いたい」と、大変な意気込みだ
ったといいます。「空はこんなに青い」を聴き比べてみると、16歳にしては確
に上手い歌い方をしているものの、サウンドの上に歌詞を乗せて歌っているだけ
のように聴こえてきます。リサイタルではやはり「経験」なのでしょうか、歌に
凄味と奥行きが出てきています。ご存じのように百恵さんはこのリサイタルの大
阪・厚生年金の会場で「恋人宣言」をします。アルバムでは「空がこんなに青い」
の次にMCが収められていますので、帝劇での収録なのでしょう。大阪では、M
Cの後に「空はこんなに青い」を歌っています。恋人宣言前日にフォーカスされ
たことをきっかけに翌日ステージ上で恋人宣言をした、と言われていますが、構
成をみると、そうでもないような気になってしまいます。多分百恵さんは歌詞を
理解できるようになったから「空はこんなに青い」をリサイタルで歌った、ので
はないかと考えたくなってしまいます。
「百恵は、歌と実人生が相互に規定しあっている。自分の持ち歌の世界と、実人
生、自分の感受性が、相互乗り入れをし、融合しつつ展開しているのである。
(松澤正博・著「超少女伝説」より)」

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かつさんとおなじ。 投稿者:安田希紗良  投稿日:06月28日(月)15時54分55秒

もとからそんなには百恵ちゃんって歌が下手じゃなかったと思います。
私がうまいなぁって思ったのは、かつさんと同じ「ささやかな欲望」からです。
あれはいいですね。聞かせてるって感じがして。
私もささやかな欲望、うまく歌えるようになりたいです。

風たちの午後2 投稿者:ak  投稿日:06月28日(月)01時04分56秒

 私が百恵さんの歌唱力に感心した、最も早期のアルバムは「横須賀ストーリー」です。
といっても、私が彼女のファンになったのは「パールカラーにゆれて」の頃で、
「赤い疑惑」の再放送を見てからです。ですから、そのLPが発売されてすぐ
聞いたわけではなく、随分後で、彼女のレコードを買い揃える中で聞いて、
「この頃から結構上手かったな」と思ったのです。このアルバムでも音域、声量は
まだまだという感じですが、「風たちの午後」などは、聞き手に歌の情景を想像させる、
つまり聞かせる歌唱であると思います。それ以降は徐々に上手くなって、
確かに19,20,21歳の頃は声量もパワーアップして、益々上手くなったという気がします。

歌手にとって重要な要素 投稿者:からやん  投稿日:06月27日(日)13時09分05秒

 一言で歌唱力と言っても、二つの要素に分かれると思います。それは、技巧と表
現力です。
 どちらを重視するかは、人それぞれだと思いますが、私は表現力の方が重要だと
思います。彼女は明らかに表現力派でしょう。だいたい歌う前に、詩の意味を分析
されてたそうですね。こういうタイプは、感情を表に出して表現しようとします。
 一般的には、うまいか、下手か、つまり技巧面ばかりが論じられますが、私には
少しポイントがずれているような気がします。
 もう一つ言わせていただければ、声質の問題があると思います。オーケストラの
世界では、わずか0.5Hzの違いが問題になります。歌手のばあいは、楽器のよ
うに調節できないためか、あまり論じられていません。しかし、その重要性は楽器
と同じだと思います。私は、18才未満の時の彼女の曲を、ほとんど聞きません。
その理由は声質です。私には、あれだけ変化している声質の全てを、同じように評
価することはできません。彼女自身が認めているように、彼女は声質に恵まれたと
思います。しかし、それはおそらく二十歳前後の限られた時間ではないでしょうか
。これには異論もあるでしょうが、声質の重要性は確かだと思います。
 私は、表現力がついてきたのは秋桜の前後だと思いますが、そのあたりから声質
が安定してきた点を重視しています。彼女の声質の良さは、彼女の精神的な安定と
も関係しているのでしょう。

現役時代から彼女の歌唱力に気づいていましたか? 投稿者:かつ  投稿日:06月27日(日)04時06分49秒

先日「愛が詩にかわる時」というライブアルバムを買いました。
僕は彼女のライブはあの武道館を生で、そしてそのビデオ(伝説
から神話へ)しか体験していません。しかし、彼女の声の調子も
よく、また落ち着いたじっくりとした歌唱が聴ける、という点で
も79年9月に行われたというこちらのライブの方が好きになって
しまいそうです。(まだお聴きでない方は是非どうぞ)
このライブでの彼女、二十歳にして歌手としての円熟期に入った
と思わせる歌い振りに改めて驚かされます。百恵大ファンで彼女
の歌は数限りないほど聴いてきた僕でも、彼女のほんとうの歌手
としての実力に気づいていなかったのかも知れない、そう思いま
した。彼女の歌い手としてのパワーは僕の認識を更に上回ってい
たことに、今ちょっとしたショックを受けています。
アルバムのライナーノートを担当した伊藤強さんが百恵さんの歌唱
力についての聴衆の無関心さを書かれています。うまいなどと言わ
れたことのなかった彼女も「横須賀ストーリー」や「夢先案内人」
の頃から一部で百恵はうまいとういう声が聞かれるようになったが、
それに同意見、または反論の声はたいして広がらなかった、と。
翻って自分はというと、「ひと夏の経験」や「冬の色」の頃はただ
ただ”百恵ちゃん”とテレビに出る彼女を追いかけているだけで、
歌唱力なんて知る由もなく、両親の「最近は下手な歌手が増えたも
んだ」なんていう冷たい声も全く気にならずにいました。当時は森
昌子さんや岩崎宏美さんの歌唱力は絶賛されても百恵さんのそれは
取り沙汰されることもなかったように記憶しています。そんな僕が
彼女って結構うまいと子供心に思い始めたのが「ささやかな欲望」
そして毎週眠い目をこすりながら見ていた「赤い運命」の主題歌あ
たりからです。アパッチというグループが「ソウル・これっきりで
すか」という歌の冒頭で「これっきり これっきり〜」とやってい
るのを聞いて、彼女達と比較して百恵さんの歌のうまさに気づいた
ことも記憶しています。でも決定的に彼女の歌唱力に気づかされた
のは「夢先案内人」でしょうか。いや、正確に言えば彼女しかない
歌の世界に気づかされた、というべきでしょうか。
「秋桜」における歌唱はあの両親をして「百恵ちゃん、ほんとうに
歌がうまくなったわ」と言わしめるほどになり、レコ大でもこの曲
で歌唱賞を受賞しています。(この年で歌唱賞というのはなくなって
しまいましたが、当時この5人枠に選ばれるということは歌手として
一流と認知された、そんな趣きがありました)それでも次の年に始ま
ったニューミュージック旋風で、渡辺真知子、八神純子、大橋純子と
いった実力派シンガーは絶賛され、ふたたび百惠さんの歌手としての
実力派取り沙汰されることはあまりなくなってしまった、そんな風に
思います。
百恵ファンのみなさんは彼女の現役時代から彼女の歌手としての途方
もない実力に気づかれていましたか?もしそうならいつ頃から気づく
ようになりましたか?リアルタイムで百恵さんをご存知でない方は、
今CDを聴いてどの歌の頃から上手くなったと思われますか?

「赤い衝撃」再放送終了 投稿者:まみ  投稿日:06月26日(土)10時04分52秒

こんにちはまみです。広島で再放送されていた「赤い衝撃」が
6/23で終了してしまいました。ちょっと寂しいですね。
「衝撃」はストーリーに滅茶苦茶無理があるんですけど、
キャスティングはなかなかだと思います。今見ると懐かしい役者さんが出てたりして・・。
それと「疑惑」にしろ、「衝撃」にしろ、ロケが多いですよね。
「疑惑」なんてパリ、北海道に行ってますよね。(海外ロケですよ。)
「衝撃」も阿蘇山や沖縄に行ってますし。
たぶん当時のスポンサーが日本航空で、タイアップしてたのかなあ。
などと考えながら見ていました。

百恵ドキュメンタリー 投稿者:papa  投稿日:06月24日(木)20時41分07秒

茶店で何気に見た[微笑]という女性誌の94年5月14日号に、
「百恵さんが14年ぶりの新譜CD『惜春通り』発売! さらにCM曲録音、
『百恵ドキュメンタリー』発売、主演映画のビデオなど着々と復帰布石を」
と言う見出しでp32〜33の2ページにわたって記事が書かれてありました。
『惜春通り』、『山口百恵主演映画大全集』は確かに発売されましたが、
『百恵ドキュメンタリー』というCDの事は初耳でした。多分何らかの理由
で発売されなかったのでしょうが、一度企画だけでもあったということは、
いつか発売される可能性が?と想うとワクワクします。個人的にはグリコ
セシル・チョコレートのCMソングが今でも耳に残っています。あと、ヨット
学生服のCMソング、誰か覚えている人いませんか?。たしか「友達いっぱい
いつも、ラ・ラ・ラ・青春、ヨット」だったような・・・。
(しかし、あの茶店、なんで5年も前の、しかも廃刊になった雑誌を置いて
あったのだろうか?!。新刊だと想って、小躍りしそうになってしまった。)

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なるほど 投稿者:ak  投稿日:06月22日(火)21時39分31秒

Riffさん、早速のご回答ありがとうございました。長年の謎が解けました。
「風たちの午後」は地味ですが、5月に聞きたくなるような
さわやかな曲で、好きな曲の一つです。映画の主題歌では、やっぱり私も「古都」が好きかなあ。

高音質で聞きたい百恵さん 投稿者:からやん  投稿日:06月21日(月)20時54分34秒

 百恵さんの曲は、新たに録音されず、お蔵入りした物が出てこないとすれば、
あと進歩の余地があるのは、音質しかないんですよね。
 今のところ、ソニーの開発したSBM方式のCDが一番ですね。これは、
量子化雑音を聞き取りにくい音域に移して、現在のフォーマットで20ビット
に匹敵する雑音の少なさを実現している画期的なものです。しかし、それだけ
ではなく、音の迫力もかなり上がっているようです。ですが、私はまだ満足でき
ませんね。やはり、SACDに期待するしかないでしょう。10万Hzまで再生
できるそうですが、20年前のアナログ録音でもできるんでしょうかね。
 百恵さんの曲が、SACDで聞けるのは、3〜4年後でしょうか。その時
までは、今のフォーマットで我慢しましょう。

私は古都かな? 投稿者:安田希紗良  投稿日:06月21日(月)11時52分47秒

「山鳩」もすごくいい曲ですよね。映画を引き立てているような感じがして。
私は古都の主題歌(曲名わすった・・・)が好きです。
愛し合っても一人ずつ・・・ていう歌詞がいいですね。また聞きたくなりました。

へー 投稿者:MI  投稿日:06月21日(月)01時39分41秒

Riffさんお久しぶりです。野菊の墓の件、そうだったのですか…。
で、結局のところ、77年放映の際には、74年に偶然の産物として既に
出来あがっていた同名曲『野菊の墓』は、使われたのですか?
僕は見ていないのですが(見たのかなあ?)もしそうだったらとても
おかしな現象ですね。主題歌だけが、あてもなく3年も前に作られていたなんて…。
ミモレのドレスについても全然知りませんでした。僕、ミモレって花がある
のかとずっと思ってました(笑)。

ミモレのドレス 投稿者:Riff  投稿日:06月21日(月)00時59分10秒

くるぶしよりも短いスカート丈のドレスで、足首の華奢さを強調して
女らしい印象を与えるドレスなんだそうです。曲のイメージからすると
地味目の色を基調にした小花模様のワンピースって床でしょうか?
それから、“野菊の墓”の件ですが、“伊豆の踊り子”がヒットして、
桃割れがよく似合うと評判になったので、ホリプロ側は二作目に“野菊の墓”をと、
主題歌まで用意していたらしのだが、この作品では同じく話題になっていた
友和氏が起用できない(政夫は民子より年下)ので、東宝側がしぶった、
という説があります。ちょっと気になったものですから、つい出しゃばりました。

映画の主題歌では・・・ 投稿者:かつ  投稿日:06月21日(月)00時11分37秒

彼女の出演した映画の巻頭を飾った歌達の中で僕が好きなのは
やはり「山鳩」です。この曲はきっと百恵ファンの中でも人気
がありパーソナルな選択ではないな、と思いつつやはりこれを
押してしまいます。
イントロから漂う純日本的な味わい、この頃から感じられるよ
うになった百恵節(静かに始まって熱唱スタイルで終わるみた
いな・・・)特に♪死んでゆきます ひとあし先に〜♪という
フレーズは胸に染みます。まさに今の歌にはないフレーズです
よね。(演歌にはあるかもしれないけれど、そちらではリアリ
ティーが感じられないので、僕には)
それと雨の日に何となく口を突いて出る歌が「伊豆の踊子」です。
鼻歌でしっくり来るメロディーが雨と傘にぴったりくるのでしょうか。

風たちの午後 投稿者:ak  投稿日:06月21日(月)00時02分40秒

はじめて書き込みをします。2,3年前には山口百恵ファンのHPなど皆無だったと思いますが、
今はこんなにできてとても嬉しいです。楽しみが増えました。
私も幸運にもリアルタイムで聞けた者の一人ですが、以前からの疑問を書きます。
「風たちの午後」の2コーラス目に”ミモレのドレス”というのが出てきますが、
いったいどんなドレスなのか想像がつかないのです。どなたかご存じの方、教えて下さい。

Thank you Papaさん 投稿者:MI  投稿日:06月20日(日)02時03分59秒

さすがですね。ありがとうございました。

「15才」 投稿者:papa  投稿日:06月19日(土)11時55分52秒

MIさんへ。お久しぶりです。「野菊の墓」の主題歌は、74年に発売された「15才」と
いうアルバムに収録されています。B面が全て文芸作品を題材にした構成になっているので
すが、当時、百恵さんサイトでは、百恵映画は文芸路線で、ということになっていたそうで、
気の早いCBSソニーさんが、伊豆の踊子を含めて6曲、主題歌に使えるようにと作ったと
いうことです。実際には使われなかった、「潮騒」をテーマにした「嵐の中の少女」という
曲も入っています。「野菊の墓」はテレビドラマのために作成された曲ではなく、前もって
作られていた曲を利用した形になったみたいです。
しんいちさんへ。掲示板第1号、本当にありがとうございました。うれしいです。

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誰かご存知の方教えて下さい 投稿者:MI  投稿日:06月19日(土)11時43分48秒

「百恵神話」というベスト盤を眺めてふと気がついたのですが…。
TV映画、野菊の墓は確か77年放映でしたよね。まだ小学生でしたが、
イミテーション・ゴールド、泥だらけの純情と同じ時期だったので
間違い無いと思います。でもこのベスト盤に入っている『野菊の墓』
というタイトルの歌は、何故か74年に録音されているのです。WHY????
いったいどうしてなのでしょう。今まで気にもとめなかったのですが
ご存知の方がいたら、この謎、教えて下さい。Papaさんあたり、ご存知
じゃあないでしょうか?

間違いを訂正します… 投稿者:marica  投稿日:06月19日(土)01時30分19秒

……と、たった今、書き込みしましたが…
送信して読み返して、間違いがありましたので、訂正させていただきます。
百恵ちゃんとピンクレディーの2本立てにしたのは
「東映さん」ではなく、「東宝さん」でした…謹んで訂正させていただきます。

お久しぶりです… 投稿者:marica  投稿日:06月19日(土)01時26分32秒

今年2月以来の書き込みです。仕事のせいにはしたくないのですが…?
映画のランキング、私の選んだ「古都」は第3位でしたが、
コメントを載せていただき、ありがとうございました。やっぱり「伊豆の踊子」かあ… 
そうですよね。女優百恵を誕生させたのは、やっぱりデビュー作ですし。
もうすっかり「母している百恵ちゃん」は、この結果をどのように感じているでしょう?
きっとどの作品にも、愛情があることだと思います。
ところで、「炎の舞」は、同時上映がピンクレディーの「活動大写真」だったと記憶しています。
百恵ちゃんと、ピンクレディーの組み合わせなんて、当時には別に何とも感じなかったけど、
今から考えれば、「ちょっと東映さん!」って言いたくなりますよね。では、また書き込みします。

中国版山口百恵=ゴン・リー? 投稿者:かつ  投稿日:06月15日(火)21時39分38秒

ドラさん、詳細ありがとうございました。どうも子供の頃の記憶
というものは横滑りしたり、脚色されたりしてしまうもののよう
ですね。フランスのセザール賞(仏版アカデミー賞)もその目的
は自国の映画復興にあるようで、洋の東西を問わずハリウッド攻
勢に対する自衛手段という趣きが強いようです。
MIさん、ごめんなさい。当時の評論の全てまで僕も覚えていない
のです。ただ覚えているのは「天使を誘惑」には批評が添えられ
ておらず、また「古都」のみ、なんと放映されなかったのです。
ゴン・リーが登場した時に中国版山口百恵と呼ばれていたこと、覚え
ています。彼女は今フランスでも超有名女優でカンヌ映画祭でも審査
員に選ばれたりしていますね。僕も本家は百恵さんなのに・・・と悔
しい思いをしたものです。
フランス在住時代、フランス人の友人に百恵さんの写真を見せると、
一応に「綺麗な人だね」と言い、年齢を訊かれて「当時21歳だった」
と答えると、非常に驚きます。アジア人は西洋人にとっては年より若
く見られることが常なのに、彼女の場合は西洋人の目にも大人びて見
えるようです。

日本アカデミー賞 投稿者:ドラ  投稿日:06月13日(日)11時04分27秒

百恵ちゃんがノミネートされた第1回は78年で、帝国劇場が
会場だったように覚えています。優秀主演女優賞で、確か会場
で最優秀候補として名前を呼ばれておじぎをしていたのを覚え
ています。最優秀の決定の仕方は会場に用意されたボードにど
アップで顔写真を表示された人が受賞、みたいな演出だったと
思います。最優秀を取れると思ってテレビで見ていたので、受
賞できなかったのはファンとして残念でした。ちなみに候補に
なった対象は「泥だらけの純情」「霧の旗」の2作品での演技
ということでした。
ただ映画界の方に伺うと、この日本アカデミー賞はちょっと胡
散くさいというのが実状みたいです。東宝、松竹、東映、大映
の4社による日本映画製作者連盟というのがあるのですが、自
社の作品を何らかの形でかませるのが横行しているようで、今
でいうミニシアター的なものは入りにくいようなのです。最近
では北野武監督が受賞できませんでしたがこの時もこんな話が
出ていましたね。で、東宝のまぎれもなく70年代を支える女
優だったのが百恵ちゃんで、そういう意味での「後押し」もあ
ったのかなあとも思いました。ただ個人的には百恵ちゃんの演
技力はこの現代劇に挑戦した「泥だらけ」「霧の旗」で魅力が
開花したと感じています。
ちなみにこの第1回の当日、百恵ちゃんはその足で「ザ・ベス
トテン」に出演し、確か4位か5位くらいで「乙女座宮」を歌
っていました。衣装が同じ服でしたから。黒っぽい百恵ちゃん
らしいさりげない服でしたね。司会の黒柳徹子からアカデミー
賞のことを聞かれ、百恵ちゃんも受賞できなかったことを説明
していました。黒柳さんからは「これからですものね」と励ま
されていました(落ち込んでいる様子はありませんでしたが)。
コン・リーさん、最近の「始皇帝暗殺」でも百恵ちゃんに似て
いましたね。そういえば百恵ちゃんが「とんこう」(変換が
うまくいかないので・・)に出る予定だったって聞いたこと
があるのですが、ご存知の方おられますか??

はじめましてっ 投稿者:MOMOファン  投稿日:06月12日(土)20時12分01秒

はじめましてっ。僕はいつも読ませていただいている
だけだったのですが、先日papaさんのホームページ
に行ってきました。この掲示板には終了したと書いて
あったのですが、「百恵 も 燃え」という素敵なページ
ができていました。工事中のところもありましたが、
正統派百恵ファンって感じで、これからが楽しみです。
papaさんのファンになってしまいました。どうしても
みんなに伝えたかったので書き込みしました。

日本アカデミー賞 投稿者:MI  投稿日:06月11日(金)13時16分53秒

かつさん、覚えています。確か炎の舞でノミネートされていましたが
Winnerは岩下志麻さんでした。
因みに百恵さんの映画を酷評したというその記事で、一番批評が高かった
のはどの作品でしたか?もし覚えていたら教えて下さい。
もう何年にもなるけど(と言っても4-5年だけど)、中国人の友達が
持っている雑誌に何故か百恵さんの『古都』の批評が載ってましたが、
その内容を訳してもらいましたが、べた褒めでした。確か“XXXX的傑作”
って言葉でその記事は終わっていました。赤い疑惑も大ヒットしたそう
ですし、曼珠沙華の中国語版コピーもはやってたそうです。
そう言えば今や世界的スターとなった中国の女優ゴン・リーって、よく
言われるけど、確かに百恵さんに似ています。
百恵さんだって、もしかしたらゴン・リーに負けないくらいの世界的女優
として成功していたかもしれないな。

女優としての彼女 投稿者:かつ  投稿日:06月10日(木)23時58分19秒

百恵ベストフィルムの結果が出ましたね。僕は順位よりも皆さん
のその映画に対する思い入れを読むのがとても楽しかったです。
現役時代百恵さんは歌手活動と同じ位女優業に力を入れてらっし
ゃったというのに、今のメディアは歌手の部分しか取り上げない
ことが多く、ちょっと片手落ちだなと思っていたものです。
僕自身百恵さんに出会ったのが幼稚園の年長組の時で、彼女の映画
における勢いのピークが初期であったため、(動員数では「絶唱」
が一番であり、この投票でも「伊豆の踊り子」「潮騒」が上位に
なっていますね)スクリーンでの彼女を記憶している部分は決して
多くありません。実際に僕が映画館で見たのは「春琴抄」「泥だら
けの純情」「霧の旗」そして「古都」だけです。
papaさんやMIさんなどがアイドル映画という言葉を使ってらっしゃ
いますが、当時の彼女の映画作りに賭ける意気込みがそのまま製作の
部分に反映されてはいなかったように思います。僕も子供心にその部
分を感じ取ってしまっていて、もう一つ夢中になれなかったのではな
いか、と今になって思うのです。
90年ごろにBSで百恵映画が次々と放映されたことを覚えていらっしゃ
いますか。あの時朝日新聞夕刊で毎日のように酷評されていた彼女の
映画。「ふりむけば愛」も「炎の舞」もかなり厳しい言葉で評されて
いました。僕は子供心に百恵さんの演技の才能を感じていたので、シ
ョックでした。
でも、80年の引退宣言直後に彼女は第一回日本アカデミー賞の主演女
優賞候補の5人にノミネートされています。これは彼女の女優業が評価
されたと解釈していいのでしょうか。
しんいちさん、ご苦労様でした。そしてpapaさん、楽しませていただ
きました。ありがとうございました。掲示板はしっかりありますよ!(^^)

ありがとうございました 投稿者:papa  投稿日:06月10日(木)18時38分35秒

しんいちさんのご了解のもと、自分のHPの中に超期間限定で「百惠伝説V」のページを
作り、この掲示板で紹介させていただいたところ、2日間で100人近くの方に見ていた
だくことができました。今更ながら「MOMOE☆WORLD」の凄さみたいなものと、
百惠ファンの多さに驚いております。もっともっと作りたいと想いましたが、先ほど終了
させていただきました。しんいちさんはじめ、皆さん、本当にありがとうございました。

百惠伝説V 投稿者:papa  投稿日:06月08日(火)10時06分12秒

新譜ではありません。紛らわしいタイトルですみません。先日MIさんから僕のHPのアドレス
を、と言うありがたいお言葉を頂いたのですが、内容は百惠さん関連とは全く違うHPです。
しんいちさんのHPをリンクさせていただいているので、期待させてしまい申し訳ありませんで
した。ただ、今回一度だけと言う約束で、しんいちさんの了解を得ましたので、ちょっと宣伝?
したいと想います。HPは見ていただければわかるので説明は省きますが、MOMOE☆WOR
LDが20000アクセスを突破たことと、その20000アクセス目をゲットできたことを記
念して、「百惠伝説V」という裏ページを作りました。この掲示板に訪問されている方たちだけ
に公開するため、隠しページになっています。トップページでリンク集を選んでいただき、MO
MOE☆WORLDの紹介文中の「new」ボタンをクリックしてください。超期間限定です。
裏ページだけ見たら、さっさとMOMOE☆WORLDに戻ってくださいね。しんいちさん、
ご快諾、ありがとうございました。

http://w2322.nsk.ne.jp/~a-pap/


記録達成おめでとうございます 投稿者:からやん  投稿日:06月07日(月)19時02分32秒

ここに書き込むのは、これが初めてですが、20000ヒット達成
おめでとうございます。しかし彼女のファンは本当に多いんですね。
私のように、リアルタイムで知らない世代もかなりいるようですね。
今後も30000ヒットに向けて、がんばってください。

おめでとうございます! 投稿者:NM-World  投稿日:06月06日(日)19時05分35秒

「夢のあとさき」のNM-Worldです。
遅ればせながら20,000ヒット達成、心よりお慶び申し上げます。
今後の益々の発展をお祈りしてお祝いの言葉とさせていただきます。
本当におめでとさんでした。
さて、私事で恐縮ではありますが、こちらの皆様に少々宣伝を! −オユルシクダサイナ
NM-Worldも百恵さん関連のサイトを開設しております。
宜しかったら一度覗いてやって下さいませ。それではまた。

http://www.geocities.co.jp/Hollywood/8067/


Papaさんへ 投稿者:MI  投稿日:06月06日(日)06時38分21秒

もしよろしかったら,PapaさんのHPアドレス教えて下さい。
しんいちさん,これからも頑張って下さい.

20000件達成おめでとうございます 投稿者:かつ  投稿日:06月06日(日)02時17分53秒

まだまだだろう、なんて思って気を抜いていたらあっという間に
20000件過ぎててびっくり!!しんいちさん、おめでとうござい
ます。papaさんにはやられてしまいました(笑)
思えば僕がこのHPの存在を知ってから約半年。まだまだ百恵ファ
ンが多くいることをうれしく思いながら、いろんなことを書きこ
んできました。また僕の知らなかったエピソード、未発表曲のお
話などに触れて、今でも百恵ストーリーは終わっていないな、と
いうのが僕の思いです。当時ファンクラブに入会するという考え
を持つには幼すぎた僕にとっては、ここでファンの人達と集って
いる、そんな感じがします。これからもこのHPのますますのご発
展を一参加者として祈っています。

祝20000ヒット 投稿者:papa  投稿日:06月06日(日)01時32分30秒

MOMOE☆WORLD 20000ヒットおめでとうございます。
自分のHPにリンクさせていただいてからは、毎日のように訪問させて
いただいていました。その甲斐?あって、6日の午前1時13分に、
20000ヒット目をゲットできたことを、とてもうれしく思います。
今後も僕たち百恵ファンのために、そして、しんいちさん自身のためにも
MOMOE☆WORLDが永遠に続きますよう、願っています。
今夜は、興奮して眠れそうにありません。百恵さんのCDを朝まで
聴いていたい、そんな気分です。超個人的で申し訳ありませんが、
「かつさん」、「SATOさん」、「Riffさん」、20000ヒット、
頂いちゃいました。また僕のHPに遊びに来てください。

無題 投稿者:中原 有輝  投稿日:06月05日(土)16時19分30秒

かつさんへ
 どうもありがとうございます。
謎が解けた解けないよりも、考えてくだっさた事がすごくうれしい。
友達に「あんまりワケわからんこと書いたらみんなビビるよ。」
と言われていて、誰も相手にしてくれなかったらどうしよう、と思っていたんです。
安田さんへ
 素敵な経験ですね。私はあんまり先生に怒られないので、そういうのがうらやましいです。
(歌はよく部室で歌いますけどね)先生方は私に敬語を使います。
1年生のとき、父が担任の先生に、「中原ゆうきと話すときは、中学生に対してでなく、
大人と話すつもりで接している。」と言われたそうです。
嫌じゃないけど、私はそんな大人のひとに対等に話していただけるほど
自分の意見をしっかり持った人間でもないのでずっと変だなぁと思っていました。
だからここに来て、みなさんの知的なお話を聞いてると、
「大人とはなしてる」と思えて、微妙な快感を覚えます。

走れ風と共に…友和さんヴァージョン 投稿者:北斗  投稿日:06月04日(金)20時47分10秒

現在、広島で再放送中の「赤い衝撃」
今日の放送では、友和さんが百恵さんのギターに合わせて「走れ風と共に」を歌ってました。
途中から、百恵さんも一緒に…まさに、究極の二重唱!
何度も再放送を見たはずなのに、この場面は忘れてたなぁ。
もちろん、お宝映像として、しっかりビデオに録画しました。
そういえば、おふたりは「赤い疑惑」の中でも何度かデュエットされてましたし、「絶唱」でも
「木挽き歌」を熱唱(?)されてました。また、友和さんのラジオ番組でもよく一緒に歌われて
ましたよね。ヒマなとき、ラジオの録音テープを引っ張り出して、久しぶりに聴いてみよーっと!

はじめまして 投稿者:愚僧  投稿日:06月02日(水)15時49分24秒

初めまして。23歳の大学院生です。去年の今頃、ラストコンサートのビデオを観て百恵ちゃんに
はまりました。こんな大がかりなHPがあるなんて、ほんとうに感謝感激です。投稿者の中には私
くらいの年代の人もいるのでしょうか?これからもたまに書き込むのでよろしくお願いします。

一つだけ謎が解けました。 投稿者:かつ  投稿日:06月02日(水)00時54分52秒

Riffさんの質問、知人が「アタック25」を見ていたそうで、訊いて
みました。どうもその問題はある歌手の歌のタイトルが散りばめら
れた文章を聞いて、その歌手は誰かを当てるというものだったそう
です。(例えば「その日私は秋桜を髪に刺し冬の色をしたスカート
を履いて、愛染橋の袂で待つ彼のもとへと走った。彼と交わした白い
約束を果たすために。私の初恋草子をしなやかに歌ってくれるのは、
私の夢先案内人である彼しかいないのだ・・・」みたいな・・・しょう
もない文章でゴメンナサイ!僕が即席で作りました)
実際どんな曲が文章に現れたのかはその知人は全ては覚えていなかった
みたいですけど、解答者がピンポ〜ンしたのは「ひと夏の経験」が出た
直後だったそうですよ。司会者が「いい日旅立ち」といういい曲歌って
ましたね、とコメントを入れたそうです。
中原さんの方の謎はいまだに謎のままです。僕にとっても。
宇津井さんは友和さんの芸名の名付け親でしたよね、そう言えば。
まだ小学3年の頃、確か父がグリコと仕事をしていて、その時の百恵さん
の下敷きを10枚ばかりくれました。僕はそれを学校に持っていき、友達に
配ったらあっという間にはけてしまって・・授業中、百恵下敷きだらけに
なって先生驚いてました。

今朝の出来事 投稿者:安田希紗良  投稿日:06月01日(火)15時55分44秒

今朝、はなまるマーケットのゲストに宇津井健さんが出ていました。
そこで赤いシリーズの話もしてました。
三浦友和さんと似ているという話も出てきてびっくり!
その当時三浦友和は宇津井健の隠し子だと言うことを
女性誌に書かれたこともあるそうですね。確かに似てました。
RIffさんとかつさんへ・・・。
掲示板のやりとりを見て思わず中学時代のことを思い出して
しまいました。中学時代放送部員だった私はよく放送室で
百恵ちゃんの歌を歌っていました。もちろん振りつき!
1番得意だったのは絶体絶命。
たまたまその日は隣の職員室で職員会議中だったんですね。
そんなこととはつゆ知らずかなり盛り上がっていたんです。
「ももえちゃ〜ん」と言われるとついのっちゃうんですね。
いけませんね、サービス精神旺盛な性格は。
隣の職員室までもがんがん響いていたらしく生活指導の恐い先生
が怒鳴りにきました。恐かったですよ。わたしったらお立ち台の上に
のぼって歌ってるし、ちょうどその時歌っていたのは絶体絶命。
ノリノリだったのに・・・「やってられないのはこっちだー!!」
って入ってきました。とりあえず始末書は書きました。もう、歌いませんと・・。
今でも忘れられない出来事です。皆さんの時代ってこんな事ありましたか?

管理者shin1 ももえ掲示板

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